はせる

は・せる、馳せる

2024-072 趣味の河を漕ぐ

 2024年3月12日、火曜日。雨、曇り。

 ポッドキャストをやるならどのサービスプラットフォームを使う?という部分をちょっと調べていた。以前はWordPressを使って番組を始めて、後にWordPressと決別したときにSoundCloudへデータを移した。今始めるなら、と考えると結構サービスがあって、「Radiotalk」とか「Stand.fm」とか、以前はアプリ内で閉じてしまっていた印象のものが*1RSSなどでポッドキャストとして配信できるようになっているみたいだし、「Anchor」……は名前が変わって「Spotify for Podcasters」なんだけど、それぞれスマートフォンにアプリをインストールすれば簡単に始められるようになっていて、「なんですぐ始めないの?」という状況になるので、今はそっと閉じた。

 古本をまとめて週末に宅配買取に出して、今日査定額が帰ってきた。59点出して3,500円弱。まあ、そんなもんだよねー、と思うとともに、後々古本に出したくなるような本はもう買いたくないな、とも思うのだった。図書館にないものとか、衝動的に湧き上がる所有欲とか、途中で「not for me」になるとか、いろいろと難しいことではあるけれど。
 で、買取に出すものを選別するときに引っ越し前から持ち込んだ本も引っ張り出したところ、以前「もし私が本を作るなら」とイメージしていた『銘機浪漫』と『ハッセルブラッドの時間』が出てくる。今はもうない枻出版社のエイ文庫シリーズ、写真とかカメラの本が多かった気がするけど、国立国会図書館でざっと調べてみる*2と他にも趣味色が濃い本が出ていた。文庫より少し小さめのサイズで、光沢のあるしっかりした紙を使っているので写真の掲載に向いている。180ページぐらいあって、それでも定価は650円ぐらい。今考えるとすごく安い気がする。パラパラとめくってみると、写真も文章も、やっぱり「こういう本が作れたら」と思えるものだった。写真を見ながら、写っているもののことや関連する記憶の話を書く、ということをしたい。

 帰宅、家事担当分をこなして『こっち側の集い』二宮和也ゲスト回。お休みの日は引き籠もっていると聞いていたので「まあそうだろう」と思っていたけど、この番組にゲストとして来ることは想像もしていなかった。
 トーク番組として、キラキラした面ではない話題ばかり、時折自分では言語化できていなかった部分が出てきてぶんぶん首を縦に振ったり唸ったり、「こっち側」でもメンタルがガラスと鉄で分けられることを実感したり、この番組があと1回?2回?で終わりというのが寂しいのだけど、今こういう番組があってよかったと思うもののひとつ。

*1:実際はどうだったのかわからないけど、RSS配信されていればそれを選んでいたと思うので、アプリの仕様または番組毎の設定なんだろう。

*2:「"[エイ]文庫"」の検索結果 | NDLサーチ | 国立国会図書館

2024-066 蘇える

 2024年3月6日、水曜日。雨、曇り。

 妻の勧めで今週の『月曜から夜ふかし』を見る。「飲んだ人が最後に流れ着く飲み屋街の墓場を探してみた件」で鶯谷と浅草が取り上げられていたから。鶯谷では「ソイギンタ」から「Bar TAKUMI」へ。どちらも在住者なら「あー、あそこ!」となる。

 先日インポートした2008年・2009年の記事はHTML記述になっているので、記述をマークダウンに置き換えたり、Flickrの埋め込みタグを最新のものに置き換える作業をした。フイルムで写真を撮りまくっていた時期であり、ちょうど今再び湧き上がっている写欲にも思考の面で向き合う時間にもなったと思う。ただ、英語を多用する記事タイトルや、時々ポエトリーのような文章だったり村上春樹の文体を真似たりオマージュした文章が出てくるので、「ううっ……」とか「うわぁ……」とか変な声が出る。

 さて、では隙間の2010年、2011年はどこに行ったんだ、となる。Twitterである。Twilogに保存されているものを見ると結構更新している。ちなみにタグ手打ちで更新していた2003年*1*2のHTMLファイルも残っている。これらはどうしたらよいか、と思っている。先日インポートの際はWordpressのpostテーブルから必要な情報を抜き出してXMLを作ったので、同じようなことをすればよいのだが。

 そうそう。今もシリーズとして用いている「記憶の書架」という言葉のルーツであろう記事があった。インスパイア元は村上春樹の『海辺のカフカ』だった……いや、忘れていたわけではないんだけれども。掘り起こしてみると村上春樹からの影響を受けたものが多々ある。『1Q84』以降は距離をとっているんだけど*3、またお近づきになれるときは来るだろうか。

blog.ymmtdisk.jp

 当時は20代半ば。「言葉は簡単に伝わるのに、伝えるべき感情は簡単には言葉にならない」とか、得たもの失ったものについてとか、なんか極端に感傷に傾いている感じがする。まあ、いろいろあった時期であり、そういうのを経ての今である。

blog.ymmtdisk.jp blog.ymmtdisk.jp blog.ymmtdisk.jp

 過去の記事を読むのは自分のことを知る上でも楽しい。んだけど、ちょっと冷や汗も出る。2012年頃に「変態紳士」とか言っていたのは、あれは源さんの影響だったんだろうか……そうであってほしい。*4

*1:PS2の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』をやりこんだことが書いてあったりして懐かしい。

*2:2003年というとPS2『オペレーターズサイド』もこの年だったと思うんだけど、そのことを書いている箇所が見当たらない。音声認識で指示をするアクションゲームで、かなり好きだった。一番最後のパスワードの入力を音声で指示するところでは、「ちょっと、このゲーム的にそれではないんでないか」というのを10年以上抱えている。

*3:ハルキストがテレビで取り上げられたころに重なる。

*4:蘇える変態』は2014年の発売。

2024-065 啓蟄

 2024年3月5日、火曜日。曇り、雨。二十四節気啓蟄*1

 週末のあたりからなんとなくポッドキャストのことを考えている。2024W09の週報では「ブログがちょうどいい距離感」という考えを表明しているものの、一人の時間が増えて喋ることが減っていくことも漠然と嫌だなぁとも思っているし、弁が立つわけではないけどだからこそ話す機会をもっと増やしたいとも思っている。
 ラジオが好きで面白いと思っているので、単純に「自分でもやってみたい」という思考に流れていくわけで、だから4人でポッドキャストをやっていたころもある。今回は週報と組合せた一人喋りを基本とした内容を考えている。以前やっていたときは編集が結構手間だったので、時計を見ながら完パケで収録できんかな。とか、まだまだ妄想の範疇である。

 2008年と2009年の頃のブログのバックアップデータが発掘されたので、急ぎこちらにインポートした。消えてなくなってしまったと嘆いていた「無印的女の子への無意識」も含まれていた。記憶の中では「良い文章が書けてたんだよなぁ」と思っていたけど、こうやって出てきて読み返してみると、然程なんだよなぁ。当時は『鼠三部作』の「僕」は私のことのようだ、と、かなり村上春樹に心酔していたけど、今は然程。

 『こっち側の集い』。毎度オープニングトークが長くなっている気がする。今回は山寺宏一が無双していて気持ちよく笑った。喋りがうまくてもこっち側ということもあるか。おはスタや以降のバラエティでも明るい人という印象でしかなかったので、より好きになる。原菜乃華はおじさんたちに囲まれての出演だったけど、「ネガティブ打破の自己啓発本には同じことしか書いていない」の件では話し方に熱が籠もってきていて「確かにこっち側だな」と思って、共感というか親近感というか、そういう温かいものを感じた。
 来週のゲストは二宮和也との予告。元々好感持っているし同い年なので余計好きなんだけど、なんて言ったらいいのだろう……沼が深そうな人だよな。

一人っ子、世に揉まれる (2024W09)

 一人っ子のイメージアップもしてほしい。

2024W09 (2024-02-26 / 2024-03-03)

 3日深夜放送の『そこ曲がったら、櫻坂?』は『末っ子イメージアップ企画』の前半*1。メンバー構成として末っ子に偏りがあると判明してすぐのこの企画。末っ子がメンバーのおよそ半分、長女と中間子が1/4ずつで、一番少ないのはなんと一人っ子、休養中の小池美波を除くと3期生の山下瞳月のみだった。一人っ子ってそんなに少数派だったっけ? 番組を見ていて、久しぶりに「兄弟姉妹がいるってなんか楽しそうだよなぁ」という感情が湧き起こる。

 私が一人を好んだり、なにかと一人で完結させたいタイプの人間なのは、少なからず私自身が一人っ子だったことが影響していると思う。なんだかんだ幼稚園から社会人になるまで「呼べば応えてくれる」友人に恵まれていたので、「一人っ子」というラベルだけがあった感じでいた。ここまでは「友達いた自慢」。それが結婚後の今、週末に遊んだり、くだらない連絡を取り合うような友人との繋がりはどんどん希薄になってしまった(妻や息子とはくだらない話をするのだが)。以上、「友達いない自慢」。なんかちょっと寂しく聞こえるけど(実際書いてみて寂しくもあるけど)、その反面、なんだ自分、一人が好きだな、と思った。

 それでも人は好きで、誰かの話を聞くことも、自分のことを話すことも、どっちも好きなのが矛盾している。その点ブログは書きさえすればいつかなにかの拍子に見てくれるし、それを切っ掛けに(コメント、日記祭、文学フリマなどで)やりとりが生まれたりもする。ブログは他者との関係がちょうどいい距離感な気がしている。そういう機会を大切にしたいと思った。

続きを読む

センサリー (2024W08)

 「センサリー」という言葉がここ最近のキーワード。

2024W08 (2024-02-19 / 2024-02-25)

 トーハクのワークショップで初めて「センサリーマップ」というものを知る。「センサリーマップ」の概要としては施設内で光や音の刺激が強くなる場所などを記したものなんだけど、それを「自分がどう感じたか」で記そうとトーハクを廻ってみると、館内の光や音、部屋の隅まで見渡して、普段よりも濃密に体感できたような気がする。

 光や音の刺激は思い返してみると生活の中にたくさんあるけど、普段そういった五感を閉じているわけではなくとも、あまり意識していないというか受け流してしまっているのかな、もしくは自分の許容範囲の中で行動できているのかもしれない。私怨のように何度も言うけど、私は酔っ払いの大声とか誰かを怒鳴りつける声とかにストレスを感じるわけだし、刺激を受けるものもその許容値も、全部人それぞれなんだということを思い返している。

続きを読む

© 2012-2024 Daisuke YAMAMOTO