はせる

は・せる、馳せる

ストレスとダンス

 今日は、「忙殺」という状態から(一時的にであれ)ようやく脱したと思えるような時間の過ごし方をした。たぶん、また年末に向けて忙しくはなると思うけど、ひとつ目のピークを越えたことは間違いなさそう。

 日々上手く付き合っているストレスも、忙しいとなかなか減らすことができずにたまっていき、しかもそれは指数関数的に増加していくみたいな感覚もある。たまったストレスは、集中力を分断したり、粗野な態度に繋がったりするので、一人で過ごす時間を多めにとって解消する。映画やドラマを見たり、ラジオや音楽を聴いたり、本を読んだり、インターネットを流し見したり、そもそもなにもしなかったり。そのとき一番(忙殺の主犯である「人・物事」なんて差し置いてでも)やりたいと思えることならなんでもいい。やりたいことの消化とストレスの解消。

 家にある本をパラパラと捲っていて、「そういう時には大人はお酒を飲むのよ」という台詞を思い出した(村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』)。最近、第三のビールが翌日に残るような感覚を覚えはじめたので、私が一番体質的に合っていると感じるお酒が呑みたくなって、ラム酒(キャプテン・モルガン)を買って帰った。夜、眠る前に飲む。

揮発性記憶

 Filmarksがアニメシリーズにも対応したので、とりあえずここ数年で印象的だったものを今は登録している。現在はアプリだけアニメシリーズの表示・登録に対応しているようで、ウェブで見ても表示の切り替えはできないみたい。
 登録するついでに、Twitterなりブログなりに書き残した感想があればコピペするなどしている。途中で、アニメ『映像研には手を出すな!』についてメモしたことを思い出して、「まあだいたい、書くとしたらTwitterだろうなあ」と思って自分のアカウントを検索してみても、それに該当するツイートは出てこない。ブログもEvernoteもNotionも、Google Driveも、どこを探しても見当たらないという状況に陥り、思考時間だけを取られてしまった。

 もしかすると、誰かの感想を読んで、それが自分が書き残したものだと思い込んでいるんではないか。そんな気さえしてきた。思い込みや記憶違いであればアホみたいな話だなあ、で終わる。だけど、本当にメモを残していたんだとしたら、週報やら月報やらで「残すこと」を習慣にしよう(忘れてしまっても、どうにかこうにか辿り着けるようにしておこう)としていたのに、こうやってアクセス不可になるのは残念なことだ。どっちなのか判定する術も、今回はないんだけど。

ピークタイムのチークタイム

 駅の出入口や改札前で、別れを惜しむカップル。なんでもない金曜日のはずだけど、今日は四ツ谷駅で2組も見かけた。(四ツ谷駅でもいるんだな、と思った)

 既婚者というステータスになって、彼らを客観的に眺めて見ると、なんか滑稽にも思えてしまう。まあ、いま私が既婚者というだけで、自分も経験してきた道ではある。「彼らにとって、今が本日のピークタイムなんだろうな」と一瞥しつつ、頭の中には「結婚 or 別離」の脳内選択肢が浮かんだ。もしこの先結婚を考えている程の関係ならば(まあ同棲でもいいけど)、とっととしてしまって一緒に帰ったりすればいいし、もしこの先別れてしまったら……(と考えるのは野暮なんだろうな)、君たちはその時間のことを振り返るときにどのように思うんだろうか(いい思い出か、そうか)。

 別れを惜しんでメソメソする、暫くおあずけとイチャイチャする。邪魔だ止めろとまでは思わないようにしている。けど、当時のことを思い返せば、自分ら以外はみんなモブだった。結局はそういうことなんだろう。ピークタイムのチークタイム。

 でも、私にとっては彼らがモブなのである。

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