はせる

は・せる、馳せる

都市風景と感傷 (2025W25)

 都市と写真と記憶と感傷。

2025W25 (2025-06-16 / 2025-06-22)

 立ち寄った御茶ノ水から、秋葉原駅まで歩こうと、聖橋(ひじりばし)を通った。通勤経路なので聖橋の存在を忘れたことはなかったけれど、橋を通るのはかなり久しぶりのことのように感じて、ふと立ち止まり、風景に見入った。中央線快速、中央・総武各駅停車、丸ノ内線。三つの路線が交差する風景は、これまでに何度もシャッターを切ってきた場所だ*1。三路線の電車が同時に重なる瞬間を狙って、10〜15分ほど待ってみたけれど、この日は上手くいかなかった。それでも、目的の写真が撮れなくても、こうして写真のために贅沢に時間を使うこと、その行為そのものに、私は小さな幸福を感じていた。

 記憶と風景は、いつもどこかで繋がっている。なかでも都市風景のほうが、その結びつきは濃いように思う。
 そんなことを考えながらカメラを構えていると、私と御茶ノ水の記憶がふいに蘇ってくるのを感じた。御茶ノ水は以前の職場の最寄り駅で、駿河台の坂道、ニコライ堂、堀内カラー、神保町の本屋街も遠くないことなどを思い出す。いい思い出も、そうでないものもたくさんある。聖橋からの風景を眺めるときには、映画『珈琲時光』のワンシーンとともに、この映画を紹介してくれた人のことも思い出す。
 ふと立ち止まったその場所が、記憶の底にしまわれていた情景と、静かに重なり始める。その中に、たしかにあの頃の私がいた。

 都市風景は「私」だけのものではない。街の写真は、ただ風景の記録としてではなく、そこにいた「私」や「誰か」の記憶をも写し込んでいる。都市とは、無数の記憶が折り重なる場所なのだろう。知らない誰かの記憶も、私が写し撮った都市風景の中にそっと紛れ込んでいる。個人的な意図で作られたアート作品が誰かの心を打つように、私が写し撮った都市風景も「そこにいたあなた」の記憶を呼び起こすこともあるかもしれない。名前も知らない誰かの記憶が、ふとした拍子に自分の記憶と交差している。都市とは、そういう「誰かの残像」が創り上げているのかもしれない。

 よく歩くような道でも、いつもと違うことがある。ずっとあると思っていたものでも、いつかなくなることがある*2。そんなとき、私は感傷的になる。写真は、変わりゆく都市のなかに、かつてそこにあった風景と、そこにいた「私」や「あなた」の気配を、そっと残してくれている。私は、そういう写真が好きだ。


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歩くこと (2025W02)

 今年のテーマを考える。

2025W02 (2025-01-06 / 2025-01-12)

 ポッドキャストを歩きながら収録するという方法は、家で収録する環境やタイミングの問題を解決することが難しいことから苦肉の策として導き出したものだけど、もしかするとこれは自分に合っていたかもしれない、と思い始めた。なんだかんだで収録が上手くいかなかったとしても*1、無駄に歩いてしまったとは思わない。歩くことの副産物を楽しんでいる。そしてどこかへ辿り着く。
 歩くことの副産物について考える。景色や建物を見たり、前を歩く人やすれ違う人を見たり、ここは一体どこなのか、どこまで来たのかと確かめたり、考えようとしていたことを考え、途中で目に入った物事についても考える。歩調と思考は重なっていく。ストレスの放出にも散歩は有効だと思う。

 私にとって歩くことと特に強く結びついているのは、写真を撮るということだ。ひとりでも誰かとでも、歩き、途中で休み、また歩き、そうやって撮る対象を探し求める。写真を撮り始めた最初のころから、誰から教えられるでもなく、そうしていた。もともと歩くことは身近にあったのだ。そして、私にとって写真を撮ることは「言語化の先送り」という行為でもある。ポッドキャストの収録は、原稿のようなものを用意しているとはいえ、結構ダイレクトに言葉や感情を引き出す行動のように思う。意思表示や感情表現が少ないと指摘を受けることが多く、もともと自分でも課題を感じていたので、これが良い方向へ作用していくといいと思う。

 「今年の課題図書」はレベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』にした。同じ著者の『説教したがる男たち』を以前読んだときに、歩くことと思考することを関連付けた章が印象に残った。そもそも文章がきれいで、他の著作も読んでみたいなと思っていたところで、まさしく歩くことについて書かれた『ウォークス』が目に入ったのだった。いつか読もうと思っていたものだったけど、昨年末にポッドキャストを始めようかどうか考えていたときから、歩くことをより身近にする、より意識するなら、今この本を読まなくてはならないと思い至った。

 歩くこと、喋ること。それらについてよく考えること。これはたぶん、今年を通して取り組んでいくことなんだと思う。

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*1:すでに数回ある。

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言語化の先送り (2024W51)

 一眼レフを再び持ち歩くようになったので、今週は写真が多めになった。このまま続くといいと思う。

2024W51 (2024-12-16 / 2024-12-22)

 写真が多くなると、それに比例して書くことも多くなる。「写真にキャプションつけなきゃなぁ」という使命感もあるけれども、撮った写真を見ながら文章を入力することで、そのときの状況や感じたことなどが色濃く思い起こされるからでもあると思う。このことから、写真を撮ることが「言語化の先送り」をしているということのような気がしてきて、芋づる式に以前読んだ本のことも思い出した。

「なにも感じていない」のではなく、「感じていることはあるのに、解像度が低すぎて自分でもわかっていない」だけ
荒木俊哉『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。

 「解像度」という言葉はもともと写真関連の用語で、レンズやフィルムがどの程度細部まで写し撮れるか、写し出せるかという度合いであり、引用で使われている「解像度が低い」というのは「あいまいで、不確か*1」と表現することもできる。
 私が写真を撮るときには、対象を見て「撮ったらいい感じになりそう」とか「撮っておいたほうがいいかも」「撮っていいかな」「撮るか」ということは考えていても、情操的な部分や画角の中で起きていることについて感覚的に捉えていることを、その場で具体的に「あれやこれや」と言葉で捉えようとしていない。そのときに感じていたいろいろなことは、「カメラを構える、構図を吟味する、シャッターを押す」という動作を終えると、どこかに行ってしまっているような気がしていた。

 でも、撮った写真を週報やGoogleフォトで見直すことで、その写真を撮ったときの「あれやこれや」も、そこから連想される「それやどれや」も含めて、いろいろと再び浮かんでくる。どこかに行ってしまったと思っていたそれらは、もしかすると写真の中にあるということなのかもしれない。「写真を見直す」という行為によって、そういう「あいまいで、不確か」だった感覚を、あとから言語化していると考えることができそうだ(写真的に言い直すと「感覚を言語に焼き付けている」ということ)。これまで撮った写真を遡れるだけ遡って眺めるということはずっとしているので、私はそういう言語化が好きなんだろう……好きなんだ……好きです。

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言い訳 (2024W40)

 日常の写真があまり撮れていない。

2024W40 (2024-09-30 / 2024-10-06)

 写真が撮れていないことにはいくつかの理由をつけられる。理由をつけたところで、とも思うけど、理由は必要だとも思う。置き去りにされていく撮っておいたらよかったかもな……というものへの言い訳。

 以前も、ミラーレス一眼が勢いづいてきたころに「手軽で扱いやすそうだし」という理由で使っていた時期があったけど、ライブビューファインダーしかないことを主な理由にスランプみたいな状態に陥ったことがある*1。そのときとはもう考えやカメラの構成が違っているけど、コンデジを常用として持ち歩いている今、結局は「一眼レフっていいよな」という気持ちがモヤを取り払っていくと存在している。写欲があるのかないのかという以前の問題。

 今一眼レフを常用していないのは、レンズの調子が悪いという理由ひとつ。でかい?重たい?そんな理由ではない。つまり、早く修理せよ、というだけのこと。でも、新しい情報を全く取り入れずにいたら、EFレンズはもう既に旧世代レンズと化していたので修理代金が高く見直されていて、修理するのか、中古で買い直すのか、という選択肢を考えているんだけれども、そもそも先立つものがないのである。完全なるマネジメントの失敗。

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歩こう、歩こう(2022W44)

 歩いた距離に比例して、写真をよく撮っているような気がする。

2022W44 (2022-10-31 / 2022-11-06)

 最近あんまり撮ってないなぁと思っていたんだけど、単純に歩く距離が足りていなかったのかもしれない。ここのところチラホラ週末にフリー*1の日があるけれども、買い出しなど必要な外出を終えた後は家に引き籠もって映画やドラマを見てしまう*2。たまには外に出ることを心掛けた方がいいかもしれない。例えば、せっかく近所にあるのに利用したことがない飲食店*3、訪れたことがない名所・史跡など*4は、実はごろごろとある。他にも、最近、鶯谷駅近辺のことを生活者目線*5でポイントを絞り、文章に起こしてみるのはどうだろうか、と思っていたところでもある。そういう需要があるんだか怪しいことに目を向けてみるのも、なんかいい刺激になりそうな気がするぞ。歩こう、歩こう。

*1:妻と息子はプロ野球観戦などイベントが多い。もちろん一緒に行けるものは行く。

*2:今週は『ベイビーわるきゅーれ』と高校演劇。後述。

*3:有名店ならビクトリヤ。ハラールのお店Halal Sakuraも気になっている。

*4:子規庵や書道博物館

*5:ここが大事。ラブホしかないと思ってるだろ?

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