2026年4月9日、木曜日。曇り。
気を抜くとすぐに滞る。
「長い文章を書きたい」の進捗状況としては、今は信仰について考えては書き、考えては書き、を繰り返している。先に「歩くこと」の方がよかったのではとも思うけど、私にとっては信仰ありきなので、このまま進めて最終的な公開順序はまた別でいい。ということで、これまで書き出したことを参照しながら組み立ててみる。
日本人のアイデンティティの中で、宗教ははっきりしていない。「あなたの宗教はなんですか?」と問われて「わからない」「無宗教」と答える人が多いイメージがある。私自身も同じ問いに対して自信を持って答えることはできない。小学校を卒業するころまで祖父母と母に連れられて、神社やお寺を数箇所はしごして月参りしていた記憶がある。祖父母の葬式は仏式で、そのときに菩提寺は曹洞宗のお寺であることを知った。実家には仏壇があり、神棚もある。仏教か神道か、どちらも身近にあったことは間違いないけれど、どちらも明確に信仰し始めた覚えもないし、どちらか一方が私の信じる宗教であるとも言い切れない。
実家の近くには神社があって、子どものころは境内が遊び場になっていたし、町の山奥には名刹として知られるお寺があって、小学生のころは徒歩遠足の目的地のひとつだった。お盆、ひな祭り、こどもの日、七夕、初詣、初宮参り、縁日など、仏教・神道の行事や節目が民俗化して、起源が宗教的なものであることを意識されずに風物詩として行われていることや、「なんとなく、そうするといい」とされていることがたくさんある。
そもそも、日本には神仏習合*1*2したり神仏分離*3したりという歴史があるので、仏教と神道は簡単に切り離せないほど密接に混ざり合う部分がある。そして、長い年月を経て私たちの生活に溶け込んでしまった。日本での仏教や神道は、「苦しみから逃れたい、救われたい」という願いに手を差し伸べたり「どう生きればいいか」を示す宗教ではなく、「なんとなくある」「なんとなくする」という習慣や感覚のようなあいまいな存在になった*4。だからこそ、私たちが宗教を問われて明確に答えることができないのは、むしろ自然なことなのかもしれない。
では、「あなたは神を信じますか?」と問われたら……今日はここまで。思っていたよりも綺麗に整理できているぞ。
退勤、買い出しして帰宅。妻と息子から体調が悪いという申告を受ける。妻はここのところPTAの仕事でストレスが、息子は進級・新クラスでストレスが、それぞれ溜まっているのかもしれない。PTAの仕事はExcelの編集を伴うものなので、PC不得手な妻と一緒に私が入力作業をしている。息子に関してはケアが行き届いていなかったかもしれない。なにができる?
*2:浄土真宗は神仏習合に対する姿勢がちょっと違ったらしい。