2025年の上半期が終わった。

振り返ってみれば、今年の私はよく歩いている。仕事を終えたあと、どこかの駅で途中下車し、駅と駅のあいだ、あるいは自宅までを、週に何度か歩いて帰るようになった。特に、上野駅で降りて、上野公園、寛永寺、御隠殿坂を巡るルートは、1月から今まで、もう何度も歩いている。一度歩いた道でも、季節や天気、心持ちによって、見えるものが少しずつ違ってくる。歩くたびに、新しい変化に気がついている、といっても過言ではないかもしれない。
歩くという行為は、多くの場合、目的地までの移動手段として捉えられている。けれど、駅前の喧噪、すれ違う人々の会話や表情、服装、道端で出会う動物や昆虫など、不意に目や耳から入る情報と、身体を前へ推し進める脚の一定のリズムが、思いがけず、思考や思索、あるいは思惟の流れに引き込まれていくことがある。目的地へ向かって歩きながら、いつの間にか目的から離れたところで、何かを考えている自分に気づく。歩くことで出会う情報に触発されているし、歩くこと自体に触発されているとも言えるのかもしれない。
ポッドキャストの収録を、歩く時間にあてるようになったのが、この習慣のきっかけだった。けれど、私は「歩くこと」に、もともと関心があったのだと思う。今年の課題図書として選択したレベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』では、同じ「歩行」でも、それに込める意味や目的によって、まったく異なる精神性を帯びるということが書かれていた。たとえば、散策、巡礼、デモ行進、いずれも「歩く」ことだが、その背景にある動機が、歩く人の思考やまなざしを変える。
歩くという行為は一見して「なにもしていない」という状態に最も近い。だからこそ様々な意味や目的を込めることが可能なんだと思う。私は歩きながら、自分の内側に沈んでいく。けれどそれは、閉じこもるというよりも、むしろ外の世界と、ゆるやかに繋がることに近い。足裏から伝わる地面の感触、風の匂い、空の様子、遠くの話し声。身体と世界が「ともにある」ことの心地よさ。
そこにはただ「調和に身をゆだねる」自由がある。歩くことによって、分断されがちな自分の内と外が、ふたたび結び直されていく。ただの移動ではない、意味のある「歩く」という行為を、私はこれからも続けていきたいと思う。
2025W26
2025W26 (2025-06-23 / 2025-06-29)
今週のうたかた
23日 月曜日(2025-174)
24日 火曜日(2025-175)


25日 水曜日(2025-176)
26日 木曜日(2025-177)



ラジオは『佐倉綾音 論理×ロンリー』『佐久間宣行ANN0』『ダレハナ』『乃木坂46ANN』『Session』で推移。
27日 金曜日(2025-178) 有給休暇取得
図書館


ラジオは『ハライチのターン』『今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて』を聞いた。
キッザニア東京@豊洲
プロフェッショナル会員特典の無料券で入場。今回は「石けん工場スタッフ」「地下鉄運転士」「花屋」「はんこ屋」「絵の具屋」という流れだった。

28日 土曜日(2025-179)
エクストラのお仕事@生麦駅へ。宅配業者にて百貨店から発送されたお中元の仕分け。アサインされた人数が多かったようで、隣のテーブルに比べると私の配置されたところは落ち着いていた。カゴ車への積み上げ方のレクチャーなく始まったので焦ったけど、序盤の隙間で教えてもらってからは多少楽に。同じぐらいの量であれば続けられそうなレベルだけど、隣のテーブルのせわしなさがどのぐらいの付加なのか……。あと、空調がないので真夏日とかはどうなるんだろうか。



ラジオは『松田好花ANNX』『乃木談』『問わず語りの神田』を聞いた。
29日 日曜日(2025-180)
エクストラのお仕事@市川塩浜駅へ。これまでにも何度か入っている大手スーパーの構内作業。基本的に冷蔵帯なんだけど、この日は何ヶ月かに1回のドリンクの箱を整理する作業もあった。この作業中冷たい飲み物を配布してくれるし、全般的にこちらのお仕事は環境的にも作業内容的にも続けるにはいいという印象がある。
ラジオは『日向坂46のほっとひといき*1』『ハスマナ*2』『トキトケトーク*3』『ザキオカ×スクランブル』『ねむチキ*4』を聞いた。




