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人の「普通」はどうでもいい

 映画『まともじゃないのは君も一緒』を観たよ。ラブコメ映画だと思って見に行ったら、不意に元気づけられて帰ってきた気分。

 画像は「映画『まともじゃないのは君も一緒』公式サイト」のスクリーンショット成田凌・清原果耶のダブル主演。

 まあまあのネタバレありです。いろいろな人に見てほしい映画だった。


映画『まともじゃないのは君も一緒』

matokimi.jp

 2020年製作、新型コロナウィルスの影響により、公開は2021年。3月2日、一ツ橋ホールにてFilmarksの試写会で鑑賞。

あらすじ・解説

婚前特急」の監督・前田弘二と脚本・高田亮が再タッグを組み、成田凌と清原果耶がダブル主演を務めた恋愛ドラマ。人とのコミュニケーションが苦手で、数学ひと筋で生きてきた予備校講師の大野。今の生活に不満はないが、このままずっと1人でいることに漠然とした不安を抱えている。世間知らずで「普通」が何かわからない彼は、女の子とデートをしてもどこかピントがずれているような空気を感じる。教え子の香住は、そんな大野を「普通じゃない」と指摘してくれる唯一の相手だ。恋愛経験はないが恋愛雑学だけは豊富な香住に、「普通」を教えてほしいと頼み込む大野だったが……。

まともじゃないのは君も一緒 : 作品情報 - 映画.com

感想

 テンポのよい会話劇で、コミュニケーションを苦手とする大野の言葉や佇まいに笑ってしまったり、興奮してくると酔っ払い口調になる香住にもキュンキュンしてしまう。コメディで且つ恋愛する映画だけど「ラブストーリー」とも言い切れない、絶妙なところ。見終わった後の感情は「嬉しい」だった。映画を見ていただけなのに肯定された気分。エンパワメント映画とでも言うべきか。良い映画でした。

 この映画を見ながら、そもそも「普通」ってなんだろう。と改めて考えてしまった。日常生活、あまり意識せずに口を突いて出てしまう「普通はさ……」という言葉。「普通ってなに?」という問いには、18年生きたら1度は当たるだろうし、37年も生きると度々考えてきた(ということも実感した)。
 美奈子さんから連絡が来ないことを話していた大野がいつの間にか香住のことを話していて、語り口も熱くなっていくところは心を打たれた。「君の言う普通は、なにかを諦めるための口実なのか?」は沁みる言葉だった。
 宮本を受け入れる美奈子さんも、美奈子さんの「普通」を持っている。大野は、「普通」っていうのは人それぞれで、「普通ってなに?」という問いには「人それぞれ」という答えに辿り着いたんだと思う。

 みんなが誰かの決めた「普通」になるのではなく(そんな「普通」はどうでもいい)、みんながみんな自身の「普通」でいていい。例え君が他の人の言う「普通」じゃなかったとしても、君の「普通」を好いてくれる人は、きっと現れる。私としてはそんなメッセージを受け取った映画だった。
 そして、その「普通」がちょうどよい距離を保って共存していくこと。たぶん、それが「多様性」という言葉が表す状態なんだろうなあ。

 以下、適当な雑感。

 序盤の方で香住に「携帯持ってる?」と言われて笑う大野に(「携帯」も「持つ」も同じ意味だからかな?)と予測していたら、答えは「今どき誰でも持ってるでしょ」だった。大野と香住と、私も違う。

 泉里香の色っぽさ。本屋での声を掛けようか掛けまいか逡巡する仕草とか、天ぷら屋のカウンターにうつ伏せのままこちらを見る仕草とか。

 あと、商店街の人たちとの交流で他の同級生よりもいくらか成熟しているキミジマさん(演:山谷花純)とヤナギくん(演:倉悠貴)の存在感がとてもよく、香住と初めて会話するシーンでは「香住と友達になってくれ……理解者になってくれ……」と直感的に願ったら、どうやらその方向に進むようで嬉しい。信憑性の低いゴシップで人を落とすやつらなど、友達止めてしまえ!
 キミジマさんとヤナギくんが付き合う切っ掛けとして話していた「立ち位置が変わる」ということ。大野と香住の間でも、(同じ方向へ並んで)歩くシーンが多用されることや、香住が大野を好きになる切っ掛けが「教える」立場が逆転すること、とか。

 ト書きの部分も全部すくい取りたくなって、映画の小説版も読んだ。

予告編

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