はせる

は・せる、馳せる

知らないで済まさないように

 Black Lives Matterに関連して、読んだ記事や観た動画、調べたことと考えたことが繋がったような感覚を覚えたので、自分なりに言語化しておく。

f:id:ymmtdisk:20200702191624j:plain

 全体的には「自分の考えや行動にどう落としていくか」という思考の書き留めであり、新しい考え方や行動を提示することは目的にしていない。「Black Lives Matter」だけの話ではないし、さらに結論は出していない。


 「2020年5月のミネソタ州ミネアポリスで発生した黒人男性を白人警官が死に至らしめた事件」を切っ掛けに、日本でも関連する活動(デモや言論)が多く見られるようになった(それ以前にもあったのだろうけど)。まずはその言葉の背景から。

Black Lives Matter、言葉の起こり

アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極行動主義の運動である。特に白人警官による無抵抗な黒人への暴力や殺害、人種による犯罪者に対する不平等な取り扱いへの不満を訴えている。

ブラック・ライヴズ・マター - Wikipedia

 「Black Lives Matter」は日本語に訳すと「黒人の命こそ大切だ」というようなニュアンスになる(日本語訳の仕方についても論争がある)。
 この言葉の発端は2012年の「トレイボン・マーティン射殺事件」を発端としているが、その背景には黒人に対する400年に及ぶ構造的・制度的な人種差別もある。また、アメリカは20代の黒人男性の死因上位に「警官による暴行」が挙がるほど問題になっていることも知っておく必要がある。

 「All Lives Matter(すべての命が大切だ)」という運動もあるけど、あまり肯定的に捉えられてはいない。この運動について、Black Lives Matter発起人の一人であるアリシア・ガーザが語った内容も「Black Lives Matter」という言葉の意味を表している。

発起人の一人であるアリシア・ガーザはAll Lives Matterについて、「私たちはすべての命が大切だと当然認識しています。しかし、私たちはすべての命が大切だとされている世界には住んでいないのです」と語った。

ブラック・ライヴズ・マター - Wikipedia

「差別」

 一旦引いて、「差別」という言葉について考えてみよう。

 せやろがいおじさんの動画にて、「差別」という言葉について「ステレオタイプ」「偏見」という言葉の違いとともに説明されていたので、該当部分を書き起こして引用する。

例えば、女性はリーダーシップに欠けるっていう言説あるよな?
そのイメージがいわゆるステレオタイプで
そのイメージによって
うわ俺の上司女性やん! リーダーシップグズグズちゃうん?
ってネガティブな感情を抱いたらそれは偏見
でその偏見に基づいて
じゃあ女性は管理職に登用せんどこか!(原文ママ)
という行動に移ったらそれは差別や!
分かりやすく言うと
ステレオタイプは認知で
偏見は感情で
差別は行動や!

我々も差別問題の当事者!黒人差別の抗議活動について【せやろがいおじさん】#BlackLivesMatter - YouTube

(動画はこのあと「ステレオタイプ脅威」についても言及していて、とてもためになる内容だった)

 自分自身が持っている「ステレオタイプ」「偏見」に気づいていなければ、無意識に「差別」に当たる行動・言動をしている可能性はある。

構造的差別・制度的差別

 Black Lives Matterは、黒人に対する暴力や構造的な差別に対する抗議運動である。では、「構造的差別」「制度的差別」とはどういったものか。こちらについては文春オンラインの記事を引用する。

 意味は、社会的な弱者が不利となる仕組みが社会構造に組みこまれていて、黒人が黒人として生まれただけで、以後の人生が自動的に不利になってしまう。その悪循環から抜け出せない。そうした、個人の自助努力では克服しがたい構造的な差別のことを「制度的人種差別」と呼びます。

「黒人よりもアジア人が差別されている」の誤解 日本人に教えたい米国の「制度的人種差別」 | 文春オンライン

 「構造的差別」「制度的差別」は、言葉としてはニアリーイコールと捉えた。

 また、制度的差別とその全体像については、灰色ハイジさん(id:haiji505)らが翻訳し解説を加えた「社会に存在する人種主義の4つの層をまとめた図」が理解しやすかった。「差別に層がある」という考え方は、今までしたことがなかった。

www.instagram.com

 Black Lives Matterに関連する事件の加害者が無罪や不起訴とされていることも、制度的差別によるものだと言えると思う。

 制度的差別がある社会で暮らしていると、(被差別者以外の)人々の無意識の中に「ステレオタイプ」「偏見」が染み込んで、「差別」という行動・言動が現れていくのではないかと思った。それによって、自分自身が無意識の加害者になってしまうことも、簡単に予想できる。

この問題は「対岸の火事」ではない

 日本にも外国人に対しての差別は存在する。ヘイトスピーチや入管施設での対応であったり、日常の中で職務質問に遭いやすかったりもしているようだ。悪意や暴力によるものだけが差別ではない、ポロッと出てしまった一言にも含まれてしまうことを認識しておく必要がある。

 もっと身近なところにも目を向けよう。日本国内では他にも、性差別、ハンセン病などの病気に対する差別、障害に対する差別など、過去から現在までたくさんの差別があったし、今も続いているものもある。「ステレオタイプ」や「偏見」を持っていないか、ということを、一度じっくりと考えてみる必要がある。簡単に結論を出せる話ではなく、これからもずっと考えていかなくてはならない話題だと思った。以上。

あとがき

 起きていることに気づくこと、情報を集めて知ること、それらの大切さは改めて感じた。また、そうすることで、対立する考え方でもいずれわかりあえるのではないか、わかりあえないはずはないとも思える。あと、こういった活動が政治利用されやすいということも、頭の片隅に入れて置いたほうがよい。

 結局インターネットは、自分が欲しい情報にしか辿り着かないし、辿り着いた情報ですら都合のいい事柄だけ取り上げている可能性もある。この記事も例外ではない。今回取り上げた情報は「私が選び取ったもの」だから、ぜひ自分でも能動的に情報を集めて、知ってほしい。

参考情報

YouTube

Instagram

記事

ラジオ

 ラジオ番組で取り上げられることも多かった。ここではみやーんZZさんの書き起こしへリンクする。

© 2012-2019 Daisuke YAMAMOTO