はせる

は・せる、馳せる

僕の部屋

 8年間過ごした部屋のことを思う。
 引っ越しの準備が進むにつれて元の姿に戻っていく部屋を眺めながら物思いに耽っていた。何度か行った模様替えのレイアウト、衣装ケースを落として傷ついた床、棚に隠れていたモジュラージャック、押し入れの奥に潜んでいた昔の手紙。

 2005年3月に阿佐ヶ谷へ引越した。ツテのある不動産関係者にいくつかの条件をもとに選んでもらった物件のひとつだった。テラス側は大家の管理する庭になっていて、四季によって花や葉を広げる植物を楽しめる。コンビニも近く、駅前の西友は24時間営業で生活に困ることはない。

 半年程ぶりに所用で阿佐ヶ谷を訪れたときに、妻に促されて部屋の様子をうかがいに行った。2013年9月のことだ。そのときはまだ他の誰かが住んでいる気配はなかった。お風呂の給湯器は新型のものに換装されたうえにカメラ付きインターホンまで付いていた。

 やあ、と言った。いや、言わなかったかもしれない。とにかく、僕の意識は外の世界とは遮断されていた。
「久しぶりね。まだ憶えていたの?」彼女が言う。
 8年間といったらちょっとやそっとの期間ではないだろう。君のことは今でも思うよ。
「ありがとう。少し変わったでしょう」
 そうだね、住みやすそうだ。
「独りになったらまた住んでくれる?」口元に悪戯っぽい微笑みが浮かんだ。
 そのときはね。でも、もう独りにはなりたくないね。
 彼女は笑いをこらえながら「そう言うんじゃないかと思ってた」と言った。まあ、いずれ僕のように上京してきた人の住処になったらいいさ。
「そう思っていてくれたら嬉しいわ」
 うん。……すまないがそろそろ行くよ。あまり長居すると過去にのみ込まれそうだ。
「そうね、そうしたほうがいい」
 ありがとう、またなにかの機会に。

 そこは、僕の一番初めての東京だった。そこで僕は仕事の疲れを癒やし、趣味で写真を始め、友人を作り、バーに通った。上京しての8年間は、間違いなくそこがすべての中心だった。

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